子供は親の鏡というけれど


子供は親の鏡だとか、子供は親の背中を見て育つとか、よく言いますよね。私たち親が子供にとってのいい見本になっていれば、ああいう言葉ってみんな褒め言葉に通じると思いますが、だいたい使われる時ってネガティブというか非難のニュアンスが込められていることが多いような気がします。

たとえば我が家の二人の子供のうち、上の女の子は顔かたちや体形も私やひいては私の母方の血筋が濃く出たのか、自分でいうのも何ですけれど、ふっとした時の表情だとか後ろ姿がわが子ながら私が同年代の頃にそっくりで時々びっくりさせられます。私が昔着ていた浴衣や着物などの晴れ着がちょうどサイズもぴったりだったり、色味も似合っていたりするので似ているというのは良い点も多いとは思うのですが、あまり似すぎていると、身内の者、特に私のほうの親戚や親たちに何かと今の上の娘と同年輩の頃の私との比較をされて正直うんざりすることも多いんですよね。

私は自他共に認める運動音痴で運動会ではもっぱらみんなの引き立て役に徹するしかない方でしたし、中学に上がっても運動系の部活なんてもってのほか。ブラスバンドで管楽器を演奏したりしていたのですが、娘は同じような体形でも運動神経は夫に似たのかスポーツは何でも得意で、小学校一年から運動会でリレーのメンバーに選ばれなかった学年はありませんでした。

私の実家が同じ市内にあるせいか娘の父兄に私のかつての同級生たちも大勢いて、そんな運動会ではち合わせると「足が早くてすごいわねぇ」だとか「スポーツ万能でうらやましいわ」とか言われて、初めのうちは私も得意満面鼻高々だったんです。

でもそれも中学に上がって、運動部に入り本格的にスポーツを始めるまででした。娘は部活に入ったとたんにエース級の活躍をし始め、自分の中学だけではなく県内の中学生から選抜されたチームに一年生から招へいされるような存在に。ちょっとした記録を出した時には地方紙とはいえ新聞に写真入りで紹介されたり、ローカルテレビ局からインタビューを受けたりするまでになってしまったんです。学校の父兄だけでなく夫の職場の方たちにも知れ渡り、夫の仕事がらみの冠婚葬祭の折などにまで話題になる始末。

そこまではまだぎりぎり良かったんですが、今では誰でも彼でも私が運動音痴だということを知っていて「とんびが鷹を生んだのねぇ」だとか「見掛けはともかく中身はアナタに似ないで良かったわね」なんて言われるように。一生懸命頑張っている娘を誇らしく思わないわけではまったくありませんが、娘がそうしてほめちぎられるたびに、私自身がけなされているというか大げさに言えば存在価値が否定されているような気がしてくるというか。

子供は親の鏡、私がちゃんとしていればこそ娘もきちんと育ってくれていると信じていますが、こう娘ばかりを言われると「子供はあんなに立派なのに」と陰口を言われているようでいたたまれない気がする時があります。そんな時ダメだと思いつつ、のんびりした下の子といるとほっとした気になる半面、上の子をうっすら煙たく思うというか嫌いになりかけそうな自分に気付いてハッと我に返ったりの繰り返しです。


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